コラム

Does it ring the bell?

2024年10月
くまがい

ヨシコ  「さあ、ケンちゃん。ごはんよ」
ヨシコ  「ママ、ケンちゃんがなにを食べたいか、いっぱいいっぱい考えたのよ」
ケント  「…コンビニのおべんとう? …な、なんでもない」
ヨシコ  「もちろん作ったわよ。オムライスとー、サラダとスープとー、あとはー。ケンちゃんは、ぜんぶ、すきよねー。さあ、どうぞー。さあさあ」
ケント  「…」
ヨシコ  「どうしたの、たべないの?」
ケント  「…ガツガツ、むしゃむしゃ、ゴクゴク…」
ヨシコ  「ままま、びっくりよ!そんなそやな食べ方、だれにおそわったの?」
ケント  「そや、ってなに?」
ヨシコ  「…そやは、そやよ。ママの口ぐせよ。 …それより、おいしい?ん?」
ケント  「んー、わからない…」
ヨシコ  「なにそれ。つまらない」
ケント  「だって、わかるわけないじゃん。あじがしないもの」
ヨシコ  「なんで!そんなかなしいこと言うの!ママはあなたのことを思って、こんなに、がんばったのに!ケンちゃん、ママをかなしませるなんて!どうしてくれるの?」
ケント  「……」
ヨシコ  「ケンちゃんは、ママをかなしませたのよ。それはあってはいけないの。そんなひどいことをしたら、ママにあやまるべきよ!」
ケント  「……」
ヨシコ  「だまっていたら、いいと思うの?」
ケント  「……」
ヨシコ  「いいわ、ケンちゃんがちゃんとすることをするまで、まってあげる。ママはやさしいから。それまではママも食べずにいてあげる」
ケント  「わかったよ。もういいよ。もういい。やめよ。おもしろくな…。いや、だって、ごはんもホンモノじゃないし。ママはママじゃないし」
ヨシコ  「えー、どうしてーそんなこと言うのー。なんか、こう、くしゃみが出そうで出ない感じ。ぶー」
ケント  「おなかがギュッてなってきた…」
ヨシコ  「それ、わっかるー。ヨッコも目の上がキューってなるよ。…ここにいるときはそんなでもないけど。でもね、ママをかなしませるのはダメなの。それはとってもだいじなことなの」
ケント  「うちは、ママもパパもおしごとと行ってるから、よくわからない」
ヨシコ  「ふうん、それは、ポツンなかんじね」
ケント  「べつに…」
ケント  「こんどは、ぼくのばんね。んー、そうだ。N700Sの運転手、やる!」
ヨシコ  「えぬ、なに?」
ケント  「新幹線だよ。しゅっぱつしまーす。がっしゃん。ぐぃーん。この電車はのぞみ号、新大阪行きです」
ヨシコ  「ち、ちょっと」
ケント  「途中の停車駅は品川、新横浜、名古屋、き」
ヨシコ  「ちょっとまってよー!ヨッコは?」
ケント  「ん-、すきにしてたら?」
ヨシコ  「…ポツン…」


先生 「ヨシコちゃん、ケントくんお迎えきたよー」
ヨシコママ 「先生、今日は突然、遅くまで面倒を見て頂き、申し訳ありませんでした。本当にありがとうございました。ヨシコ、ご迷惑おかけしていませんでしたか?」
先生 「いえいえ、とてもいい子にしています。むしろ、大人びていると言いますか、いつも、もう少し子どもらしくてもいいかなと思うくらいです」
ヨシコママ 「いえいえ、もうすぐ小学生ですよ。普段から、人のことを考えなさいと言い含めているのです。迷惑をかけない人に育ってほしいので」
先生 「・・・お母様も何か背負われているものがありそうですね」
ヨシコママ 「・・・親ですから。先生も親になれば分かりますよ」
ヨシコ 「・・・」
先生 「ヨシコちゃんのああいう所、ドアの手前でお話が終わるまでじっと待っているでしょう。ものすごく気を使っているみたい。ヨシコちゃん、おいで」
ヨシコママ 「偉いわね。さ、帰りましょうね。ヨシコ」
ヨシコ 「うん。先生さようなら」
先生 「さようなら」


ケントパパ 「ケント、帰るぞー」
先生 「ケント君のお父さん、これ、さっき描いた絵なのですけど」
ケントパパ 「ん、よく描けているじゃないですか。新幹線ですよね」
先生 「ええ、以前はご家族の絵を描いていたのに、最近は一人の絵が多くなって。最近は全く人を描かなくなったので。ちょっと気になって」
ケントパパ 「今、はまっているのですよ。家でも動画をよく見ています」
先生 「他におうちで何か変化はないですか?」
ケントパパ 「そうですねぇ、今年は二人とも家を空けている時間が多いのですが、でも、私も妻もケントと似た環境で育ったので、たいしたことではないですよ。ケントもだいぶ慣れてきたのではないですか?」
先生 「寂しくはなかったですか?」
ケントパパ 「え?・・・先生はケントが寂しいのではと?」
先生 「そうかもしれません。でも、お父さんも寂しかったのかなって」
ケントパパ 「どうだったかな」
先生 「あれ、ケント君おそいですね」
先輩先生 「ケントくん、もう靴はいてますよ」
ケントパパ 「それでは、失礼します」


先輩先生 「あの二人、心配ね」
先生 「ええ、余計なことかもしれないけど、おうちの人に気付いてほしくて」
先輩先生 「そうね。子供でいられる時期はそれほど長くはないから。ただ」
先生 「公私混同をしていると?私、子どもの時の心残りがどうしてもうずいてしまうのは承知しています」
先輩先生 「おうちの方もそれぞれ抱えているものがあるのでしょう。あなたが言ったようにね。そこは大事にしないと」
先生 「はい。でも、子どもにとっては、そんなことは」
先輩先生 「そうね。子供の気持ちも大事にしたいよね」
先生 「私、理想が高いのかな?」
先輩先生 「理想、願い、寂しさ、不安…思いは灯の照らし方で姿を変えるからねー」


『このコラムは創作された架空のお話です。実在する特定の人物を示すものではありません。ただし、似たようなお話は実際にあるかもしれませんね』

※Does it ring the bell? : 心当たりがある?ピンとくる?