コラム

宗教Ⅱ世の苦悩

2024年6月
yoshi
◆はじめに
 『宗教Ⅱ世』(※1下記に注釈)という言葉が社会の注目を浴びるようになったのは、2022年7月に起きた安倍元首相襲撃事件以降だ。しかしそれ以前から、「宗教Ⅱ世問題」は長く社会に埋もれて存在し、ひっそりと生きづらさを抱えながら生きている方たちがいた。私も2022年よりずっと前に、宗教Ⅱ世として苦しんでこられたクライエント(相談者)と出会っている。Ⅱ世として生まれた子どもたちは、親の信仰を受け入れることが家庭内での愛情・承認の前提条件となる。 宗教の教義が絶対であり、生まれながらに正しい生き方・正しい答えが決められている。教えに従順であることを強いられ、自分が何を感じているとか、「これがやりたい」「これが好きだ」といった気持ちは、否定されながら育つ。テレビや漫画などの娯楽の禁止、誕生会や学校行事等への参加の制限、自由な交友関係・恋愛の禁止など、親が子どもの日常生活を極端に禁止・制限する。子どもにとっては自由意思だけでなく、同世代の友達との共通の話題や接点をも奪われることになる。 宗教的教義に疑問を覚え、信仰から離れたいという思いがでてきても、それはつまり親に背くことでもあり、その罪悪感との板挟みで新たな苦しみが生まれる。周囲の人や社会はそんな子どもたちの存在に気づかず、気づいてもその深刻さを理解できない。第三者に苦しみを訴えても、「宗教の問題に立ち入ることはできない」と消極的な対応を受け、落胆と絶望で二重三重に傷つく子どもたちも少なくない。そんな訴えをクライエントから聞いた私は、「宗教Ⅱ世とは、育ちの過程で与えられるはずのものが与えられず、多くのものを奪われてきた方たちだ」と感じた。 カウンセリングが進んだある日、「コンビニで自分の食べたい物を買うかどうか、買うなら何がいいか、30分ほど悩んだ」というエピソードが語られた。自身の嗜好で物を選ぶことで「地獄に落ちるかもしれない」という恐怖に近い罪悪感を覚えはするものの、それでも好きな物を選ぶという初めての体験に喜びが大きいように見えた。そこから少しずつ少しずつ、自身を心地よくするために物事を選ぶ機会を増やし、「自分で自分を大事にする」ということを一緒に考えていく中で、カウンセリングの終結を迎えるに至った。(※2)
 2022年秋以降、政府は各府省庁をまたいで様々な支援対策に乗り出している。宗教Ⅱ世当事者たちも宗教・宗派を越えて繋がりを広げ、「宗教を理由に子どもたちが受ける人権侵害や児童虐待の深刻さを、多くの人に知ってもらいたい」と声を上げている(※3)。だが一方で、SNSのアカウントをまだ持てないような低年齢の子どもたちの、声にならない苦しみもある。虐待問題に介入するのと同様に、宗教Ⅱ世問題も社会全体で継続的に考えていく必要がある。 某大手芸能事務所の性加害問題やパレスチナ問題など、様々出てくる社会問題にかき消されてしまうことのないよう願いを込めて、宗教Ⅱ世の方々の苦悩について少し考えてみたいと思う。

◆脱会後の困難~脱会後遺症~
 宗教Ⅱ世はアイデンティティが未確立な時期に、偏った宗教教育による世界観を身につけることになる。その信念・価値観・慣習などは、脱会すればすぐに手放せるものではなく、そこから離脱することは簡単なことではない。苦しみ抜いた末に脱会を決意したとしても、「教えに背いた裏切り者に天罰が下るのではないか」という恐怖心と共に、しばらくはその大部分が習慣として残ると聞く。それは“元信者”となってからの社会生活、人間関係などに大きな影響をもたらし、「脱会後の方が苦しい」と言われるほどの深刻な生きづらさと苦悩をもたらす。 あるⅡ世は著書で、「一般社会に私の居場所はなく、まるで何も持たずに異国に亡命してきた人のような孤立・孤独感だった」と述べている。
 このように脱会者は人生の再構築を目指した際、濃密な時間を過ごしたコミュニティ、家族を失うだけでなく、抱いていた理想や価値規範、アイデンティティをも失うことで、深く強烈な喪失感と混乱に陥る。多くの喪失や困難を伴うため、「脱会後後遺症」とよばれる、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に似た症状を呈することもある。 その影響で、フラッシュバック、挫折感や無力感といったネガティブな感情状態、社会的機能の低下といった問題が現れ、場合によっては、信者に逆戻りしてしまうこともある。

◆社会に求められること
 ここで述べたことは、Ⅱ世の方々の苦しみのほんの一部でしかない。専門家はもちろん私たち社会全体で、その苦悩・苦難に心を寄せ、根深さを理解しなくてはならないと思う。
 「宗教的虐待」というものがまだまだ周知されていない日本において、信仰を口実に行われる虐待的関わりから子どもをいかに守ることができるか、「信仰しない自由」をどう保障していくか、など、課題は多くある。
 また既に述べたように、Ⅱ世の苦悩は複雑かつ長期的で、脱会後も精神的苦痛は続く。「親だって人間なのだから許してあげるべきだ」とか、「問題は解決したのにいつまで悩んでいるのか」といった言葉をかけられ、孤独の中で傷つきを深めるⅡ世の声も耳に届く。Ⅱ世の方たちがそれぞれのペースで自分の人生を取り戻し、安心感・安全感と共に自分自身を育てていけるような、そういう社会でありたいと願う。

※ 注釈1:「宗教Ⅱ世」について、複数の専門家たちはその定義を、「特定の信仰をもつ親のもとで、その教義の影響を受けて育った子ども世代」とする。
※ 注釈2:守秘義務のため、相談内容やエピソードには脚色を加えている。
※ 注釈3:代表的な団体として、一般社団法人陽だまり(https://nisei-hidamari.org) 宗教Ⅱ世支援法人スノードロップ(https://snowdrop.group) などがある。


引用・参考文献

  •  横道誠『みんなの宗教Ⅱ世問題』晶文社 2023
  •  塚田穂高/鈴木エイト/藤倉善郎『だから知ってほしい「宗教2世」問題』筑摩書房 2023
  •  日本脱カルト協会『カルトからの脱会と回復のための手引き』遠見書房 2014