カウンセリングでお話を伺っていると、いろんな意味で自分のことと相手のことのどこで、どうやって境界線を引いてよいか分からなくて悩んでいる方が多くいらっしゃるように思います。
毎日生活していると、いろんな人と関わるし、それぞれの人との異なる関係性があるし、自分自身の調子もその時々違うし、なかなか難しい問題ですよね。
昨今「境界線」という言葉自体は、割とよく聞かれるように思いますが、改めて「境界線」とは何だろうと考えてみたいと思います。
非行・犯罪臨床がご専門の大阪大学の藤岡淳子先生は、境界線について、以下のように述べています。
境界線とは、目に見えないフェンスという感じのもので、私たちを安心で、守られている感じにさせるものであり、境界線を守ることは、ルール(制限)を守ることであり、大人も子どもも守らなければならないものです。
(精神障がいやこころの不調、発達凸凹などをかかえた親と家族、その子どもを応援するNPO法人ぷるすあるはのホームページでは、境界線のことを、『自分も相手も守る透明バリア』と表現していました。)
また、境界線を三つに分けて説明されています。
①身体的・物理的境界線・・・からだ、持ち物、お金、場所、対人距離などに関わる境界線。
②心理的境界線・・・ 気持ちや考えなどこころに関わる境界線。
➂社会的境界線・・・ルール、マナーなど社会の決まりごとを守ることに関わる境界。
そして、一人一人が、個人の境界線を尊重される権利を持つ(人権)し、 他の境界線を侵害してはいけないと明言されています。
これらの3つの境界線について、私たちはそれぞれ自分がどこで境界線を引きたいかを知っておくことが大切になってくると思います。
例えば、自分の文房具を他の人が使っても平気な人、そうでない人等、人それぞれ違いますよね。自分が何をOKとして、何がOKでないか、細やかに分かってあげる作業が必要になってきます。
ただ、トラウマを研究されている大阪大学の野坂祐子先生は、人は境界線を侵害されると、境界線が脆弱になってしまったり、「いや」だと感じることが難しくなったり、例え嫌だと感じても「仕方がない」と思ってしまうと指摘されています。 また、境界線を破った/破られた状況を、「親密」 と認識してしまい、「安全」と「安心」の混乱(危険な行為や関係で安心する)が起こりやすいこと 、境界線が破られると解離し、適切な対処ができない 、「支配-被支配」のトラウマティックな対人関係の再演が起こりやすいことも挙げられています。
そのため、自分自身がどこで境界線を引きたいかを知り、実際境界線を引くという行動は、境界線が守られる経験を経ていく中で、またそのような関係を見聞きする中で、出来ていくところも大きいと思います。
その一方で、境界線が必要と気づいた時に改めて、境界線を引くことを試行錯誤しながら実践していくことも出来るのです。
では、どのように境界線を引けばよいのでしょうか。
ネドラ・グローバー・タワブという方が書かれた「心の境界線」という本の中では、境界線を引く時に必要なこととして、2つのステップに分けて書かれていました。
<1 コミュニケーション>・・・言葉で相手に伝える
あなたの身ぶり手ぶりや無言の期待によって、相手はあなたの境界線を正確に認識できません。そうではなく、あなたが何を期待しているのか、はっきりと言葉で説明すれば、誤った接し方をされることも減るのです。
たとえば、「一緒に作った計画を守ってもらえるかが、私にとっては大切なの。もしも変更が必要なら、出かける数時間前までにメールしてね」と話してみてはどうでしょうか。
<2 行動>・・・自分の要望通り実行するか、境界線を尊重してくれない人との交流を断つかして、行動で示す。
コミュニケーションがとれただけでは、線引きが成功したとは言えません。行動して、その内容を発展させる必要があります。たとえば、上記の例のように言ったとしたら、もしそれが破られたら行動で強く示さなければなりません。この場合であれば、事前の連絡もなく計画を勝手に変えられたら、それには応じられないと伝えればいいのです。もちろん難しいときもあるでしょう。でも、行動を通して境界線を守る以外に、あなたが真剣に考えていることを分かってもらえる方法はありません。
あなたの境界線は尊重に値するものだと分かってもらう努力を惜しんではいけません。境界線を維持することは、あなたの責任なのです。
この本の中には、境界線を引いた後の不快な感覚(罪悪感・悲しみ・裏切りの気持ち、後悔など)への対処なども書かれています。関心のある方はお読みいただければと思います。
自分と相手の間に境界線を引くことについて、どこでどうやって引くのかについて考えてみましたが、かなりいろんなテーマが関連してくる内容だと気づき、中途半端になってしまった感が否めません。
自分自身の欲求や気持ち、嗜好、安心感や安全感、トラウマによる自己不全感、自己主張トレーニング、不安や罪悪感、家族関係、愛着スタイル等々いろんな側面が関係してくる奥の深いテーマですね。
ただ、逆に複雑なテーマをシンプルに捉えやすい魅力的なワードでもあるのかもしれません。
少しでも参考になったら幸いです。
そして、私自身としては、カウンセリングの場がクライアントさんにとって、ご自分の境界線が大切に扱われる時間として経験して下さったらいいなと密かに願っているのです。
最後に、『ゲシュタルトの祈り』という詩を紹介して終わりにします。
ドイツの精神科医フレデリック・S・パールズがローラ夫人と共に創設した「ゲシュタルト療法」で使われているものです。
人と人との間の境界線について、シンプルにはっきりと言葉にされているので分かりやすいと思います。
ゲシュタルト療法自体が、自己に責任をもつことを重視しているので、突き放された感じがしたり、冷たいなと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、人と人が分かり合えないこともある、仕方がないことだと、はっきりと言葉にされていることで勇気づけられる方もいるのではないかと思います。
[参考文献]
I am not in this world to live up to your expectations.
And you are not in this world to live up to mine.
You are you and I am I.
And if by chance we find each other、 it’s beautiful.
If not、 it can’t be helped.
私はあなたの期待に添うために、この世に生きているのではない。
あなたも私の期待に添うために、この世に生きているのではない。
あなたはあなた、私は私。
もし、たまたま私たちが出会うことができれば、それはすばらしい。
もし、出会うことがなくても、それはいたしかたのないことである。
・家族療法事典 1986 星和書店 アメリカ夫婦家族療法学会編著 日本家族心理学会訳編
・心の境界線 穏やかな自己主張で自分らしく生きるトレーニング:心の平穏と、充実した人生を送るためのコミュニケーションメソッド 2022 株式会社学研プラス ネドラー・グローバー・タワブ著 山内めぐみ訳
・性暴力の理解と治療教育 児童青年精神医学とその近接領域 2016 57( 3 );372─378 藤岡淳子