コラム

ありがとう ~感謝の気持ちを自分に語りかけよう、他者に伝えよう~

2023年12月

あなたは、最近、自分に「ありがとう」と語りかけたことがありますか?あるいは、誰かに「ありがとう」と伝えたことがありますか?一般的に、「ありがとう」と言う人たちの精神状態が良いといわれており、そうすることが健康や幸福につながるのではないでしょうか。

「ありがとう」には「感謝」の気持ちが含まれており、自分を取り巻く状況をありがたいと思う、希望や楽観につながる陽性の感情が存在します。 「ありがとう」という自分への語りかけによって、不思議とストレスフルな状況も誰かへの苛立ちも気にならなくなり、心に平静さと平安が戻った、自分への新たな気づきが増し、いつの間にか自分から解放されたような自由な心境を味わえたという報告もあります。 「ありがとう」という陽性の感情が陰性の情動を抑え、情緒が安定し心の健康につながったといえます。

また、「感謝」はポジティブな感情のひとつで、連続して拡大すると個々人と社会に利益をもたらすとされています。「感謝」は他者に何かしてもらったことに対する好評価でもありますので、対人関係を良くする社会的な心情や行動の拡大につながります。 「ありがとう」の一言が、お互いに相手に利益や恩恵を与え合うような行為となり、その反響もまた返ってきますし、そして共感することもできます。その結果として、個々人も健康で幸福な状態になると考えられます。

感謝したことを記録すると良いとされる研究もあります。その研究によれば、その日に感謝したことを五つまで記録する日記を2、3週間続けると、さまざまな種類のポジティブ感情が高まったり、個人的な問題を抱えている人を助けたり、他人に情緒的なサポートを提供できるようになるとされています。 また、睡眠時間が長くなったり、睡眠の質が向上したりすることも明らかにされています。毎日感謝したことを記録することができなければ、週末に一度の記録でもかまいません。 週に1回の記録でも10週間続ければ、自分の人生に対する肯定的な評価や、次の週に対する楽観的な見方が高まり、身体不調の訴えが減り、運動する時間が多くなるとされています。

心理療法の一つに認知行動療法という技法があります。ストレスを生み出しているのは、その人の思考、信念、思い込み、イメージ等であり、これらを認知と呼びます。 認知行動療法では、ストレスがたまって抑うつ感や不安感が強まり困った状況に悩んでいる人は、認知が極端になっていたり、悲現実的になっていたり、あるいは歪んでいたりすると考えられています。 治療では、この認知の幅を広げ、柔軟性を高め、歪みや偏りを解きほぐす形で修正し、ストレスを和らげ気持ちが楽になるよう取り組みます。 自分自身で陥っている落とし穴にはなかなか気づきにくいものですが、「ありがとう」という言葉を自分で自分に語りかけてあげられたら、違う見方を考えるヒントが浮かんでくるように思われます。 認知の歪みは不安、悲しみ、恐怖など陰性の情動を生じさせ、ストレスを増加させます。ストレスの増加はさらなる認知の歪みや陰性の情動の増加を招くというような負のスパイラルを生みます。 「ありがとう」という陽性の語りかけは、この負のスパイラルを断ち切り、そこにポジティブな感情や気づきを生じさせるように思われます。 ここで生じたポジティブな芽はポジティブな認知や情動を生じさせ、これが次のポジティブな認知や情動を生じさせるという正のスパイラルに繋がるのではないでしょうか。

「感謝」は日々の具体的な出来事でなくてもかまいません。大きな力に生かされていることをありがたく思うことも「感謝」の一つです。 随分前のことになりますが、南米の国に勤務したことがあります。当時はインターネットも普及しておらず、日本から遥遠く離れた地に赴いた疎外感や寂しさがありましたが(いやいや赴いたわけではありませんが、それでもそのような感覚は否めませんでした)、 現地で働いていた先輩から、「ここに来て仕事をしてやっている」と思うのではなく、「この地で生かされている、仕事をさせてもらっている」ことをありがたいと思うように言われたのが今でも心に残っています。 そこは大草原が広がる自然豊かな国でしたが、そうした大自然の中で生かされている巡り合わせをありがたいと思うと、何故か孤独感が薄らぎ、大地のぬくもりに癒されている様な幸福感が生じ前向きに日常生活や仕事に打ち込むことができました。

「ありがとう」(声に出して発する言葉であっても声に出さない自分への語りかけであっても)には不思議な力があり、いつでもどこでも誰にでもできるセルフケアといえます。 俄かには信じられないかもしれませんが、自分にも「ありがとう」と語りかけるところから始めてみてはいかがでしょうか。何度も感謝の気持ちを想起したり、他者に伝え続けていくことで、効果が実感できるのではないでしょうか。

<引用・参考文献>
1. 橋本泰子編著(2010):ありがとう療法 入門編 おうふう
2. 島津明人編著(2015):職場のポジティブメンタルヘルス 誠信書房