コラム

人といるだけで疲れるのはなぜか ~安心感が自律神経に与える影響~

2023年9月
山口

カウンセリングにいらっしゃる方から「自分は人と一緒にいるだけで疲れやすい」「人を信用できない」「落ち込むと一人になりたくなる」という訴えがしばしばあります。

そういう悩みに対して、「気をつかわないでリラックスして」「別に周りの人は悪い人たちじゃないから大丈夫」「困っているときは頼って」とアドバイスする人はたくさんいるでしょうし、そういう悩みを抱えている人もそう言われたことはあるかもしれません。それで安心してリラックスできる人もいますが、頭でそう思おうとしても緊張がなくならない人もいるでしょう。    

みなさんは「自律神経」という言葉を聞いたことがあるでしょう。「緊張・興奮の交感神経」と「リラックスの副交感神経」の2つでできていて、ストレスによって交感神経優位になるといろいろな身体的な症状が出るという話は有名です。その自律神経の新しい理論である「ポリヴェーガル理論」というものをご紹介しながら、その現象がなぜ生じるのか説明してみようと思います。このポリヴェーガル理論はトラウマの治療でもよく使われている注目されている理論なので、ぜひ知っておいていただきたい内容です。

今までの交感神経と副交感神経の2つで自分の状態を理解しようとしても、「落ち込んでいて元気がない」「無気力でやる気が出ない」という状態はどちらにも当てはまらないですね。この新しいポリヴェーガル理論では、副交感神経が2種類の神経系から構成されていることを見出して、自律神経を「交感神経」「背側迷走神経複合体」「腹側迷走神経複合体」の3種類で説明しています。ちょっと難しい言葉なので簡単にいうと、交感神経は戦ったり逃げたりする神経、背側迷走神経複合体は凍りつく神経、腹側迷走神経複合体は他の人と関わる神経と覚えておいてください。車で例えると、交感神経がアクセル、背側迷走神経がサイドブレーキ、腹側迷走神経が速度を調節するフットブレーキのようなものだと言えるかもしれません。

この3つの神経のうちメンタルヘルスの視点で大事なのは人と関わる腹側迷走神経がきちんと機能していることです。腹側迷走神経は生物の進化として哺乳類以降の生物しか持っていない高次な神経で、他の人(個体)と一緒にいても安心していられるために必要な神経です。ただ、生物の進化的に新しいため、他の2つの神経と違って生まれた時点で腹側迷走神経だけ未完成な状態で生まれてきて、赤ちゃんのうちから思春期くらいまでの間に親子関係や学校などの社会的な環境の中で安心感を持って育つことで腹側迷走神経が完成していきます。腹側迷走神経が発達することで、人と一緒にいても緊張しないでいることや、感情のコントロールができるようになります。この感情のコントロールを失わないでいられる範囲のことを「耐性領域(耐性の窓)」と呼びます。日常の様々な刺激があっても感情のコントロールを失わずに、体の状態としても心拍数などが落ち着いて安定していて、リラックスした状態でいられます。

腹側迷走神経は人とのつながりを感じられる神経です。人はこの腹側迷走神経が発達していたら、何かトラブルがあった際でもまずこの神経が働いて、人と話し合うことで問題解決と試みます。それができていることが生物として毎回ケンカにならずメリットが大きい選択肢なので、負担がなく疲れることも少ないでしょう。


緑
 
しかし、カウンセリングに来る方の中には、親子関係が良好ではなかった、学校でいじめがあった、怖い出来事があってからいつも安心できなかった、というような悩みを抱えている方も多く、そういう方は腹側迷走神経が安心感によってうまく育っていない可能性があります。その場合はどうなってしまうのでしょうか。耐性領域が狭くなってしまうため、他の人が感情のコントロールを失わずにいられる内容の刺激でも、危険を感じやすくなってしまい、交感神経が働きやすくなってしまいます。他者との関わりの中で、そこまでリスクが高いような出来事ではなくても、生物として「戦うか逃げるかしないと危ない」という危険を感じた神経の状態になってしまいます。強い恐怖、不安、怒りのような感情が生じて、体は興奮状態になって力が入ったり動悸がしたりするでしょう。それを言動として外に出さなくても、自分の中では激しい反応が生じてしまいます。


さらに、交感神経で戦ったり逃げたりする対処ではもうダメだと生命の危機を感じるような強い危険を認識したときは背側迷走神経が働きます。動物は死んだ生き物は腐っていて害があるので食べないという習性があるので、「死んだふり」をして生き残ろうとするのです。人間の場合でも、急に激しいショックを受けたとき気を失って倒れてしまう、強い恐怖の場面で足がすくんで動けないなどの例がありますね。そこまではっきりと死んだふりのような反応ではなくても、エネルギーや意欲が低下して無気力・無表情になり、あまり動けなくなってしまうような体の状態になってしまいます。人と関わることにもリスクを感じて一人で引きこもりがちになるかもしれません。

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生物の例えを挙げて説明してきたので、「人間社会でそんなに命に関わるような危険なんてほとんどないでしょ」と思う人もいるかもしれません。ポリヴェーガル理論を提唱しているポージェスは人間社会における「恥」の体験は動物における「死」と近い恐怖体験だと言っています。育つ中で自己肯定感をうまく持てなかった人は、様々な評価に対して恥を感じやすく、恐怖が強くなっていると印象があります。


また「ニューロセプション」という概念も提唱されていて、その場にいる人がもし交感神経が働いている状態だったら言葉などでそれが表現されていなくても、表情や体の状態などを通じて、その場にいる人も影響されて交感神経が働きやすくなると言われています。耐性領域が狭い人にとっては、周囲に交感神経が優位な人がいたら、影響を受けて自分もすぐ耐性領域を超えて交感神経優位になってすぐ疲れてしまうかもしれません。


この腹側迷走神経の働く耐性領域を広げていくにはどうしたらよいのでしょうか。危険を感じても人と関わることを繰り返していくことで広げようとする人もいますが、実はそれでは怖い体験を重ねるだけで結果としてはうまくいきません。ポイントになるのは安心感です。自分がちょっと「ちょっと怖いけどこれくらいなら大丈夫」という安心感を持てている範囲でのチャレンジが重要です。図でいうと、緑と赤の境目あたりです。どのようなやり方がその人にとって安心感を保てるのかは人によって異なります。そういう体験を瞬間的に行うというより、一定時間をその状態でとどめていることで、そこから離れなくても恐怖の状態がゆっくりと安心感を回復できるのを感じていけるでしょう。そういった体験を繰り返すことで、耐性領域は広がっていきます。


人に自分の内面を話すことは、多くの人にとって緊張や恥を感じやすい場面です。でもカウンセリングを通じて、それが安心感と一緒に感じられたら、きっと人と一緒にいることが楽になる大きな一歩になると感じています。