今や世界を席巻する韓国のアイドルグループ、BTS。彼らの歌やダンスパフォーマンスは大きな魅力ですが、自分たちで創作する楽曲にも定評があります。日々の不安や願望、葛藤、社会への怒りまでを歌詞にのせ、自分たちの考えや感情を誠実に表明しようとする真摯な姿に、感銘を受けている人々も多いのではないでしょうか。その時々の心境を積極的に表現する彼らの言葉は、言語や人種、宗教の壁を超え多くの共感を呼んでいます。そんな彼らのメッセージをいくつか紹介しながら、私なりに読み解いてみたいと思います。
BTSは国連総会でスピーチする機会を得ていますが、そこで彼らは自らの葛藤や経験について話し、「みなさんも自分自身のことを語ってください」と呼びかけました。
実際彼らは普段から、自分の感情や弱さについて素直に認め、ためらいなく表現します。
メンバーの1人であるSUGAは、自身がうつ病や社会不安、強迫性障害に苦しみ、治療を受けていたことを告白しています。「ネガティブな感情は、現れては消えるもの。そういった感情は隠さないといけないものではなく、表現され、誰かと話し合うことが大切だと思う」との考えを明かしています。
ネガティブな感情について、リーダーのRMはこんな風に語ります。「幸せだったことを思い出す時には、辛かった記憶も一緒に付いてくる。光が差すところには必ず影が生まれる」と。また、「プレッシャーや脱力感ということがないまま幸せになることは絶対にないと思う。立ち位置が上がれば背が高くなり、その分、影が長くなることと同じだと思う」とも語っています。
2人は共通して、「ネガティブな感情=嫌なもの」とは定義しません。色々な感情は季節のようにやってきて移り変わるもので、どの感情にも意味があり、恥じるものでも隠すものでもない、というのです。感情の選り好みをせず、自分が感じたことをただ見つめ、耳を傾け、理解しようとする。そんな風に中立的でシンプルな感情との関わり方が印象的でした。
また、「光と影」という比喩を用い、様々な感情は同居するもので、純粋に「幸福だけに満たされる」という状態はないのだ、とも伝えています。実際、人間の感情は、複数の感情が層となって複雑に絡み合っているもの。例えば怒りは「第二次感情」といわれ、根っこには別の感情があるとされます。だからもし自分が怒りを感じている時には、その奥にどういう感情(第一次感情)が潜んでいるのかを探ってみることが、自己理解に繋がります。その際、色々な感情表現の言葉をたくさん持っておくことも、役に立ちます。自分の感情を押し殺すと、感情を表す語彙も増えにくく、自分について語ることも認識することも、難しくなりがちです。
『IDOL』という曲の中に「俺の中に何百人もの俺がいる。今日もまた新たな俺に出会う。どうせ全部俺だから、悩むよりただ走るんだ」という歌詞があります。これを聞いて私は、平野啓一郎さんの「分人」という言葉を連想しました。平野さんは、『たった1つの本当の自分』というものの存在を否定します。『本当の自分』が一つ存在しているのではなく、「対人関係ごとに見せる複数の顔が、すべて『本当の自分』である」という考え方です。「自分が一人しかいない」という考え方は、出口のない“自分探しの旅”に人を向かわせ、苦しめます。自己イメージは1つじゃなくていい。「何百人」いたって「新たな俺」がまた出てきたって、その集合体こそが『自分』だと。その上で、「自分が好きな分人でいられる時間を長く持てることが、幸せにつながることであり、それが自分らしさを生み出すことにも「つながる」と平野さんは述べています。例えばサッカーを例にとると…、多様な選手がいるチームほど、守備も攻撃にも幅が広がりますよね。自分のことをサッカーチームだと考えて、自分自身を客観的に戦略的に捉え、応援してみるのも面白いかもしれないな、と思いました。
BTSは「真の愛は自分を愛することから始まる」という信念に基づいて、ユニセフと共に「LOVE MY SELF」(私自身をまず愛そう)キャンペーンを実施しました。『LOVE YOUR SELF』と題したアルバムシリーズも発表しており、「自分を愛すること」の大切さやその困難さを、様々な視点から歌い、そして訴えています。
先の国連総会でRMは、過去に自身が経験した葛藤や失敗についてこんな風に語りました。「僕は充分と言えるほどたくさんの間違いをしてきた。欠点がたくさんあり、それを超える恐怖を持っている。でも、失敗やミスは、僕自身であり、人生という星座を形作る最も輝く星たちなのだ」と。人は不完全ではあるけれど、だからこそ悩みながら成長し続けることができる。今の自分を丸ごと受け入れ、そして「少しずつ愛していきたい」と伝えながら、「全ての人はありのまま愛される資格がある」というまっすぐなメッセージを送りました。
そんな彼らは、こんなことも言っています。「僕は自分自身を愛するために生きている。でもそれが上手くいかないときもある」と。あらゆるものを手に入れたように見える彼らでさえも、「自分を愛する」ことについて未だ模索し学び続けているようです。「自分を愛する」ことは簡単ではない。だからこそ彼らは、公の場で、音楽を通じて、何度も繰り返しこのメッセージを発信しているのかもしれません。
私はここで「自分を愛せる人になりましょう」などと言うつもりはありません。自分のことを愛せたら、それはとても幸せなことだとは思うけれど、極端な話、自分のことが好きでも嫌いでも、どちらでもいいのではないかと思う私もいます。「自分を愛せない」から「自分に価値がない」わけではないし、そもそも「自分を愛する」って掴みどころのない印象を受けるかもしれませんよね。
私が皆さんに聞いてみたいことは、「“自分を愛する”という切り口から自分を見たとき、何が見えますか?」ということです。“愛”という言葉に直面した時の自分って?自分を幸せな気持ちにするものは何?悲しい気持ちにさせるものは?自分が自分を愛することを阻むものがあるとすれば、それはどんなこと?などなど。「LOVE YOUR SELF」というメッセージを受けて、自分についてあれこれ思いを馳せ、そしてできれば、そこで出会ったどんな感情もどんな自分も排除せず、自分のパートナーとして、仲間に入れてあげて欲しいな、と思ったり願ったりしています。