コラム

心の傷は時間とともに癒えるのか -東日本大震災から10年-

2021年4月
山口

2021年3月11日で東日本大震災から10年が経過しました。毎年3月11日が近づくと、被災者の方のインタビューがテレビで流れ、前向きなコメントをされている方もいれば、まだ震災の影響が強く残っていて、当時のつらい体験や大事な人や故郷を失ったつらさを涙ながらにコメントする方もいます。もし、心の傷が時間の経過で癒えるならば、10年という月日が経っても心の傷が癒えていない人がいるのはなぜでしょうか。

心の傷が癒えているにはその内容にどれだけ触れても平気になったかがカギになりますが、つらい体験を人に話すのは簡単ではありません。周囲の人はそのつらい内容を聞いていてつらくなってしまうし、何とか前向きにしてあげたいと、「前向きに考えよう」といろいろ前向きな考え方をアドバイスするかもしれません。そういった流れで、「いつまでも過去のことにこだわらないで、今のこと、これからのことを考えないと」という言葉を使われることもあるでしょう。中には「自分にもつらいことはあったけど乗り越えてきた」など、自分が乗り越えられたから同じように乗り越えられるとアドバイスする人もいます。

しかし、こころの傷が癒えてきて自分が前向きに思えるようになってきたタイミングであればそれを受け取れるかもしれませんが、まだまだこころの傷に苦しんでいるときにそういったつらい気持ちを肯定されない反応を見ると、「人は自分のつらい話を聞きたくないんだ」「人に話してもわかってもらえないんだ」と感じて、人に話すことをあきらめてしまうかもしれません。また、その人自身が「過去のことなんて考えないようにすれば済むことだ」と自分に言い聞かせるようになるかもしれません。それは体の傷に例えると、痛み止めを使って傷を放置して、平気に振る舞うことに近いといえます。もちろん、体の傷にも何もしなくても治る傷はあるように、つらい過去でも考えないまま時間が経てば自然と思い出しても笑って話せるようになることもあるでしょう。しかし、考えないようにしないとつらくなるような心の傷は放置すると悪化してしまうような大きな傷で、それは「トラウマ」と言ってもいいでしょう。

では、どの程度の心の傷が自然に治っていくもので、どこからが治療が必要な心の傷なのでしょうか。体の傷であればかすり傷なのか、すぐ病院に行かなければならない大きな傷なのか見ればわかりますが、心の傷は目に見えず、反応の出方やその人の置かれた状況や背景により異なるため、簡単に定義することは難しいように思いますが、自分なりの経験や研究結果から以下の点がポイントになると予想されます。

1.どれだけ強い感情を伴う出来事があったのか、どれだけつらい出来事が続いていたか

PTSDの原因となる出来事としては、災害、暴力、性暴力被害、虐待、事故、戦争などが挙げられ、どれも強い感情が伴う内容となっています。自分が体験するだけではなく、目撃することでもPTSDの原因となります。東日本大震災に例えると、津波に巻き込まれて「死んでしまうかも」と思った人、津波は目撃していないが津波の被害を受けた町の惨状を見た人、原発の爆発事故で急に危険だから避難するように言われて避難した人など、その状況は様々なものがあったと思いますし、その与える影響も様々かもしれませんが、「死」を連想するような強い恐怖といった強い感情が生じる内容は心に大きな傷を作ります。大切な人を津波で失った人のように、急な喪失体験でも強い悲しみなど強い感情が生じると思います。こういった衝撃が強い出来事はわかりやすいですが、社会生活の中で生じた恥ずかしい体験がトラウマとして残る場合もあります。
 また、どれだけつらい体験が重なったか、繰り返し続いていたかも傷の大きさを測る大きなポイントになります。大きな地震を体験しただけの人より、地震に加えて津波の被害を受け、原発の爆発を近くで感じ、不安な避難生活を送ったうえ、避難先で放射能の不安から心無い誹謗中傷を受けた人では、受けたダメージの大きさは異なります。

2.どれだけ安心感が回復できたのか、どれだけ理解者がいたのか

心の傷を負うような出来事のあとに、どれだけ安心感を持てたかは心の傷の回復にとって大事な要因です。東日本大震災で例えると、津波で避難したのちにすぐ元通りの生活が平穏に送れた人と、長く避難生活を余儀なくされて見通しが持てず故郷が元通りに戻らない人では、後者の方が生活上の不安や見通しの持てなさから安心感が持てず、心の傷が回復する早さも異なるでしょう。また、心の傷を負うと、その出来事のつらさを思い出してつらくなるだけでなく、そのつらさを一人で抱える孤独感も大きな苦痛です。どれだけ周囲の人が気づいて心配してくれたのか、先に書いたように一方的なアドバイスをされるような体験ではなく自分がつらかった体験を安心して話すことができたかといった点も回復していけるかどうかのポイントになります。

3.その出来事が人生の中でどれだけ早期に生じていたか

心の傷になるような出来事は脳の発達にも影響を及ぼすことがわかってきました。強い恐怖が生じるような出来事が脳の発達がある程度完成する思春期くらいまでの間に生じている場合、安心感の回復がされないままだとその後の脳の発達にも影響するため、対人関係において警戒心が強くなる可能性があり、その年齢が小さければ小さいほど影響が大きく、近年では本人が思い返せない出産前後から3歳くらいまでの強い恐怖体験が脳の発達に大きく影響することもわかってきました。HSPという概念が流行していますが、こういった幼少期のトラウマの影響でHSPといわれる状態になっている可能性もあります。また、トラウマになりそうな出来事に対して、小さい子どもの方がうまく対処ができずに無力なので、恐怖感が強く生じやすいうえ、その怖い感覚をうまく言葉で表現できずに未消化なまま残ってしまう傾向があります。

これらの点から見て大きな心の傷になっている場合、その痛みを感じながら生活していくことに耐えられなくなり、簡単に思い出さないようにその記憶にフタをして日常生活を送るようになります。どのような人にもこのようなフタをしている部分は多かれ少なかれあるので、それ自体はおかしいことではありませんが、フタをしている内容を思い出すような出来事や場面に遭遇するとフタが急に開いてフラッシュバックしたり、フタをしている内容に関連するものを避けようとしたりします。なので、重要なものにフタをしている場合やフタをしているものが大量にある場合は、大きく日常生活が制限されてしまうかもしれませんし、きれいにフタができていて考えずにいられても、痛みやだるさなど様々な身体症状として現れることもあります。

では、自然に消えていかないような大きな心の傷(トラウマ)はどのようにしたら治っていくのでしょうか。大事なポイントを1つ挙げると、つらい感覚が生じても自分でゆっくり内省しながら思い返せる状態で少しずつ扱うことがとても重要ですが、これがなかなか難しいのです。一度、思い返そうとすると、次々につらい記憶が芋づる式によみがえってきて止まらなくなり、一気にたくさん思い出してしまうことで、現在からタイムスリップしたように昔のつらい感覚に取り込まれてしまい、目の前の現実から離れていってしまいます。目の前の現実は自分が傷つけられる状況でもなく、自分を助けてくれる人もいるのに、自分が傷ついた当時のような世界に見えてきます。そうなると強制的に他のことに気をそらす、といった対応しかできず、依存行動を引き起こすこともあります。自分一人で安心感を保ちながら扱うことは難しいので、カウンセリングの中で以下の点について気をつけながら取り組めるといいでしょう。心の傷を怖れず向き合うために参考にしてください。

  • 思い出してつらくなっても自分が安心感や現実感を取り戻せるための環境作りやスキルを身につけておく
  • つらい記憶がたくさんあるときは、話しても安心しながら話せる記憶から少しずつ扱う
  • 早口にならず時間をかけてゆっくりしたペースで話をする、そのときに生じる体の感覚に目を向けて感じる