コラム

子育てを通して”自分”に出会う

2019年7月
吉川

最近、子どもの人生に悪影響を及ぼす親を指す「毒親」「毒母」という言葉がクローズアップされるようになりました。毒親のタイプ分けやチェックリストもあったりして、「ひょっとしてうちの親も“毒親”だったのかも」「自分自身も“毒親”になってしまっているのではないか」…なんて不安に駆られる人も、増えているかもしれません。実際カウンセリングの中で、様々な年代の、特に女性から、「母親との関係に息苦しさを感じていた」といった話が出ることは少なくありません。母親と息子は異性ですが、母親と娘は同性。同性の子供は、母親にとっては息子以上に心理的な距離を取りにくいため、密着関係が生まれやすく、またその関係を解消しづらいと言われます。“毒親”という言葉の影響は良くも悪くも様々だと思いますが、「母親との関係の中で、自分だけが苦しい思いをしていたわけじゃないんだ」と気づくことで多くの共感に触れることができる、それは癒しとしての効果があるのではないかと思ったりもします。そしてそういう“癒し”の瞬間が、とても大事なように思います。

子育てをしていて、ふいに昔の記憶、自分が子どもだった頃の記憶に襲われる、なんてことはありませんか?今は幸せな家庭を築いているはずなのに、昔の親との記憶が蘇ってきてなぜか悲しい気持ちになる。我が子を叱る自分に、かつて自分を叱りつけた母親の姿が重なり、叱られて泣く我が子に自分の姿を重ねて思い出す。我が子の幸せそうな顔を見ると自分も幸せな気持ちになる一方で、心のどこかで、自分が苦しんだようには苦しんでいない我が子を、羨ましいと思ったり、ずるいと感じる時がある。子どもを甘えさせることが大切だと頭ではわかっているのに、どうしても甘えを受け入れられない。そんな自分に気づく度に、愕然としたり、自己嫌悪に陥ったり、とても嫌な気持ちになる…。そんな時は、「ダメな母親だ」と自分を責める前に、あなた自身がどう育ってきたかを振り返ることが、役に立つかもしれません。

自分の子ども時代を、“感情”や“欲求”という切り口から振り返ってみてください。子ども時代に、いわゆる“いい子”として育ってきた方は、“子どもらしい”欲求を封印してきたかもしれません。また、怒りや悲しみなどの感情がネガティブなものとして親に受け入れられなかったり、表現を禁止されたりする場合もあります。そういった家庭では、「これは大したことではないから泣いてはいけない」「こんなことで怒ってはいけない」と、感情を麻痺させたり欲求を封印させることで、その家族に“適応”する、ということが起こりがちです。そんな風に“子どもらしさ”を封印して大人になった場合、「ああしてはいけない」「こうすべきだ」にがんじがらめになって、自分が本当は何をやりたいのか、何が欲しいのかがわからなくなることがあります。怒るのも泣くのも求めるのも、本来人間にとっては自然なものなのに…。だけど、体や心は覚えています。明らかな虐待はなかったとしても、親からの言葉や行為で傷ついた思いや、「本当はこうしたかったのに」という望みが、長い年月を経てもそのまま心に残っていることは往々にしてあります。歳を重ねる中でうまくフタをしてきたつもりでも、目の前で自分に向かって感情や欲求をぶつけてくる子どもに刺激を受けて、ふいに蘇る。“古傷が痛む”ということが起こりうるわけです。

そんな風に子育ては、子どもを育てる一方で、もう一度自分の育ってきた道筋を再体験する作業でもあります。体当たりで自分の感情や欲求をぶつけてくる子どもを前に、幾度となく、自分が子どもだった頃の記憶が呼び覚まされることがあるからです。今の子どもの姿に昔の自分が重なり、今の自分に昔の親の姿が重なるようなとても複雑な体験が、日常の中で繰り返されるのが子育てなのです。

ただでさえ余裕のない毎日なのに、自分の古傷にまで構ってなんていられない、と思われるかもしれません。確かに、家族のために自分のことを後回しにせざるを得ない瞬間が、たくさんあると思います。けれども、です。子育て中に何かを思い出して苦しくなった時、それを「大したことではない」と片付けてしまわないでください。「あぁ、子どもの頃の私って、けっこう頑張っていたんだな」「独りで大変だったね」と、しんどかった幼少期をくぐり抜けてきた自分を、今のあなたが認めてあげる、労ってあげる。そのことが大切です。我が子のことを、うるさくて面倒くさくて憎らしく思うことだってあるし、たまには子どもから解放されて、出かけてしまいたくなる時だってあるでしょう。自分の欲求を充足させたいと思うのは、ごく自然で健康なことです。怒りや悲しみもそうです。そういう感情がわいてきたら、すぐに消そうとしたり無視したりせず、自分が何に怒っているのか、悲しくなっているのかを考えてみる。自分の中に色んな自分がいることを、まずはあなた自身がわかってあげること、その思いを大切にすることが大事です。あなたが傷ついたことや、子ども時代に諦めてきたこと、満たされずに置いてきた気持ち、ありのままの自分を「これでいい」と受け入れること、自分を認めること、許すこと。子育てを通じて出会ったあなたを、そんな風に抱きしめてあげて欲しいなと思います。その瞬間を重ねることは、あなた自身のパワーチャージにもなる。子ども時代に満たされないことや傷つくことがあったとしても、それもまた自身の”生きる力”になりうるのだと実感できれば、我が子にも「全てを与えなくてもいいのかもしれない」と、少し気が楽になるのではないでしょうか。