コラム

記憶は感情と身体感覚によって変化する?

2026年4月
津崎
今回は記憶と感情、身体感覚について考えてみたいと思います。
先日、旧友に会った際に昔一緒に過ごした日々で楽しかったエピソードを思い出し、皆で笑い合ったことがありました。そんな風に笑って話し続けていると、普段は思い出すことのなかった、当時笑った数々のエピソードが思い出されていったのです。
また別の時、少し不快に感じることがあり1人で嫌だな、と感じていると、それまでは忘れていた苛立たしい出来事の数々が思い出されてどんどんイライラしてくるということもありました。これは、思い出そうと思って思い出しているわけではなく、今感じている身体感覚や感情から過去のエピソードが出て来ているのだと思います。

精神分析医のアルフレッド・アドラーは、「人は数えきれないほど多量のイメージを体験するが、感情を伴うものだけを記憶する。どんなに不確かでも、そうやって自分の状況を理解し納得しようとする」と言っています。確かに、私たちは毎日物凄く沢山の経験をしいてるはずです。でも、それらすべてを覚えているかというと、そんなことはないですよね。記憶に残っている過去のものはどういったものなのか、と思い返してみると、楽しかったこと、嬉しかったこと、恥ずかしかったこと、苦しかったこと、悔しかったこと、寂しかったこと、悲しかったことなど感情が伴っているものが多いように思います。
記憶と感情はつながっているのだということが分かります。例えば、友達と喧嘩したり先生や親に怒られたりした時のこと、初めて友達と遠出して楽しかった時のこと、大勢の前で発表するなどとても緊張した時のこと、初めて目にする圧巻の光景等、感情や身体感覚として印象に残っているものは思い出しやすい気がします。さらに、ピーター・A・ラヴィーンは「現在の気分、感情および身体的感覚が“何をどのように思い出すか”に大いに影響を及ぼしている」と言っています。過去の同じ出来事を思い出していても、その時の気分によって思い出す内容、思い出し方が違ってくるということもあるのです。そう考えると、起こってしまった過去の出来事、客観的な事実はもう変えられないものですが、私たちの記憶の中での出来事、感じ方、捉え方は変化し得るものなのです。
カウンセリングに来られる方は特に、抱えている問題がありその時の気分はあまり良好であるとは言い難いことが多いと思います。ピーターは、「トラウマの記憶に効果的に対処するためには、現在の気分を変化させることが必須条件である。」とも言っています。現在の気分、感情、身体的感覚を心地よい、穏やかなものにしていけることがとても大事なのです。

では、気分、感情や身体的感覚を変化させるとはどういうことなのでしょう。
頭の中で、「今は楽しいはず」と思っても、実際に楽しい気分になれたり身体が心地よいと感じたりすることは難しいでしょう。そのためには、本当に身体が心地よい、ホッと出来ているという感覚を自覚出来ることが重要だと思います。そして、それを自覚するためには、今の自分の身体がどういった状態にあるのかを理解することが必要だと思います。

今の自分の身体の状態はどうでしょう。少し時間をとって目を向けてみると、それまで気付かなかったものに気付くかもしれません。
呼吸が肺に入っていってるな、少し浅い感じがするかもしれないしゆっくり奥まで入っていく感覚が得られるかもしれない。
心臓が脈を打つのが聞こえるな、少し速いと感じるかもしれないしゆっくりと感じるかもしれない。
手や足はどうかな、冷たいと感じるかもしれないし汗ばんでいるかもしれない、手は温かいのに足は冷たいと感じるかもしれない。
もしかしたら、どこかに不自然な力が入っていることに気付くかもしれない。

その後に、自分はどういうものに心地よさを感じるだろうか、と探求していってみるのはどうでしょう。
人はそれぞれ感情にも感覚にも心地よいと感じるもの、不快に感じるものがあり、人によってその感じ方は様々です。例えば、黒板を爪で引っ搔いた音に耳をふさぎたくなるほどの不快感を持つ人もいれば、別に良くもないけどそこまで嫌でもないと感じる人もいるでしょう。
皆さんは、どのようなことにどのような感じを受けるでしょうか、どんな色を見た時にどんな感じを、どんな匂いを感じた時にはどんな感じを、どんな触感のものに触れた時にはどんな感じを抱くでしょうか。それらに嫌悪感や不快感を受けない、心地よさや安心感、ホッとする感じを得るものがあるでしょうか。
どんなものに触れている時に自分の体がどんな反応をしているかを少し注意してみてみると、自分の心地よい感覚に辿り着けると思います。また、自分が思ってもみなかったものに対して不快な感覚を持っていたことなど、新たな気づきも出てくるかもしれません。

身体的感覚の中で良いもの、心地よいものという感覚が分かるようになってきて、そういう良い状態の時に思い返す過去は捉え方も少なからず変化があり、向き合いやすくなってくることがあるでしょう。勿論これらは簡単なことではないです。
時間をかけて少しずつにはなりますが、面接の中でそのような変化が得られるよう一緒に取り組んでいけたらいいなと思っております。

 参考・引用文献

  • トラウマと記憶~脳・身体に刻まれた過去からの回復~ ピーター・A・ラヴィーン著