毎年、年末になるとその年の流行語大賞が発表されます。今年はあらゆる面で変化の大きい年ですから、ノミネートされそうな新語もたくさん生まれています。個人的には、帰省や大人数でのイベントが困難になる中で、友人や家族とのコミュニケーションの機会を提供してくれた「ZOOM飲み会」が選出されたらと期待しています。今回のコラムは、今年になって注目度が高まっているオンラインビデオ通話に関係する内容です。
さて、新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)は、このコラムを書いている2020 年10⽉の時点で、日本でも約90,000名の感染者、1,600名以上の死者を出すに⾄っています。この感染症がもたらす恐怖や不安、⽇常⽣活への影響と事態の予測の困難さは、私達に極めて強いストレスをもたらしています。そして、社会的、⾝体的接触の低減が要求される⾃粛⽣活は、メンタルヘルスを良好に保つために重要な対⼈コミュニケーションを阻害し、孤⽴感や孤独感を生じさせ、様々なストレス解消の機会を奪っていると言えるでしょう。
COVID-19に伴い生じているメンタルヘルスの問題は深刻で、世界各国でも、不安、抑うつ、ストレス関連症状、不眠、⾃傷、⾃殺企図等の影響が多数報告されています。 COVID-19に対しては、⻑期に渡る対応が必要と考えられており、メンタルヘルスの問題についても、社会の転換と共にカウンセリングの方法やケアの在り方が改めて検討されなければなりません。
現在、急増しているオンラインで行われるカウンセリングについて『The Lancet Psychiatry』という医学雑誌で『How mental health care should change as a consequence of the COVID-19 pandemic』という題のposition paperが公開されていたので、関係する部分を紹介します。レビューはCOVID-19のパンデミックの結果として、どのようにメンタルヘルスケアが変化するべきかというテーマに関して、複数の精神科医やメンタルヘルスケアの専門家の見解がまとめられたものです。細かい内容や日本の実情に合わない部分は割愛していますので、興味がある方は元の文献をご参照ください。ちなみに、『The Lancet Psychiatry』はジャーナルを評価する指標であるImpact Factorが15を超え、精神科学や心理学の領域で世界的に権威のある雑誌とされています。
<レビューの内容>
●オンラインカウンセリング/リモートセラピーは医療者とクライアントの双方に障壁があり、これまでは広く実施されてはいませんでした。ただ、COVID-19の発生によって、多くの国で状況が変化し、対面でのカウンセリングやケアが出来なくなったために、ビデオや電話会議やアプリを通じて提供されるカウンセリングが急増しました。
●オンラインカウンセリング/リモートセラピーが、短期的に良い影響を及ぼしているという報告(参考文献1,2)はすでにいくつかあります。メンタルヘルスケアの支援体制が十分でないような一部の国では、長期的な利点をもたらす可能性があります。
●ケアを必要としている可能性のある人々にとって、オンラインカウンセリング/リモートセラピーは課題と欠点もあります。必要なテクノロジーへのアクセスが困難なケースや使用するための知識がないような場合です。そのため、高齢者、読書が困難な人、貧しい人、ITが苦手な人には適さないかもしれません。
●対面でのやりとりよりも、オンラインカウンセリング/リモートセラピーを難しいと感じる人は、治療を止めてしまう可能性があり、それによって孤独感が増す可能性があります。
●オーストラリアやカナダ等の広く分散した人口にデジタルサービスを展開した歴史を持つ国からの知識が活用できるはずです。オーストラリアの研究(参考文献3)は、特に高齢者やITのリテラシーの低い人々に対して、治療のためのビデオ通話に切り替える初期段階で技術スタッフがサポートする必要があることを示唆しています。
●公共の場所で無料のインターネットを利用できる場合もありますが、そういった場所に集まってアクセスすると、物理的な距離が近くなってしまう可能性があります。ホームレスの人々は一般的にインターネットにアクセスできず、インターネットにアクセスできる場合でもプライバシーが保てない傾向があります。
●オンラインカウンセリング/リモートセラピーは一部の国ではベストな方法として宣伝されていますが、あくまで対面ケアの補助としてあるべきです。デジタルサービスは、対面でのカウンセリングが再び安全となった場合には、集中的なメンタルヘルスの治療とサポートを必要としている患者の対面でのセラピーに取って代わるべきではありません。(参考文献4)
概括的には上記の内容です。オンラインカウンセリングは、COVID-19に伴い対面を避けるべき状況下では、良い選択肢のようです。一方で、不慣れな人等への配慮が求められており、対面でのカウンセリングの完璧な代替品にはならないのでしょう。
未曾有の時代を過ごす中で、ディケンズの「The pain of parting is nothing to the joy of meeting again. (別れの痛みは、再会の喜びに比べれば何でもない。)」という言葉を思い出します。人と直接会えない事の痛みはとても辛いものですが、再び以前のように会って話せる時が来ることを心から祈っています。そんな日が訪れるまでは、対面のみならずオンラインでのカウンセリングも皆様の選択肢の1つに加えて頂ければ幸いです。