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2015年12月20日 くまがい

ある人が、病気や症状、あるいは自分について話して考えてみたいといった事で相談に来られたとします。話を伺うと、ある時をきっかけに気になり始めた場合もありますし、ずっと昔からだという場合もあるでしょう。そして、カウンセリング、心理療法という形で定期的にお会いしていく中で、気になっている事や対人関係の問題などがその人の人生の中で「繰り返し」起きていたと気づく事がたびたびあります。

ここで気になっている事は、不安や悩みと言い換えてもいいですが、この正体の輪郭が少し見えてくるわけです。すると、気になっている事の全体像、いつどんな時に現れるのか?その特徴は何だろうか?などに思いを巡らせられるようになる、取り扱える可能性が生まれます。

これまで自分に何が起きているのか言葉にするのがままならなかったのに、考え、言葉にして、思い巡らす事が可能となっていく、ひいては「まるで○○のようだ」と言うように、象徴的に扱えるようにもなっていくのです。

気になっている事自体は変わらずあるかもしれないのに、ご本人と気になっている事との間に程よい距離ができているように感じられます。まるで禅問答のような話でもありますが、そういう事が起きうるのです。

ここで、「繰り返し」をテーマにした物語を拝借してお話ししてみたいと思います。

例えば、一話完結のアニメ「サザエさん」。登場人物が年を重ねて成長する事はなく同じような話を「繰り返し」ているわけですが、むしろ、「繰り返し」の話だから視聴者が安心して見られるとも言えます。

そういった意味では、変化とは望まれる事もあるでしょうが、何が起こるか分からない不安な事でもあるのでしょう。自分が変わるというのは、これまでの自分のあり方ではなくなるという事です。それが理想的な自分であっても変化する事は不安でもあり非常にエネルギーを要する事かもしれません。

次にだいぶ前の作品ですが、映画「恋はデジャ・ブ」(1993)を例にお話ししましょう。自己中心的な主人公はなぜか目が覚めると同じ日を「繰り返し」ている事に気づきます。しばらくは「繰り返し」を嘆いたり、私利私欲に行動したり、自暴自棄になったりして受け入れられない状態が続きます。しかし、次第に人助けをしたり、「繰り返し」の時間を逆手にとって習い事をして、からピアノが弾けるようになったり芸術作品を完成させたりするようになります。そして、好きな人の気持ちを振り向かせられた所で「繰り返し」から抜け出します。 「サザエさん」同様に、同じような毎日の同じような対人関係、同じような考え方をする日々、これは「習慣」と呼べるかもしれませんね。「恋はデジャブ」の中では「習慣」の様に「繰り返し」ている日々を、象徴的にまるで全く同じ日を「繰り返し」ていると表現していると考えられます。

「繰り返し」を扱ったお話はたくさんあります。その結末はハッピーエンドもあればそうでないものもあります。さらに延々と「繰り返し」続けるお話もあります。この事は「繰り返し」自体が私たち人生の象徴であり、私達自身の人生に対する希望と絶望といった心の揺れ動きの表れであり、「繰り返し」てしまう私達の性(さが)を意味しているのかもしれません。

人生は「繰り返し」で安定を得られてもいます。予測がつくから安心できるのでしょう。一方で、不安を含んだ「繰り返し」は困った事でもあります。

だからその「繰り返し」を変えたいと悩みもします。そんな時、その人の「繰り返し」部分だけではなく、人生全体を振り返る作業が必要になるのかもしれません。

その可能性をカウンセリング、心理療法と呼ばれるものに期待できるのではないかと思います。
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