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2017年11月 児島 

  カウンセリングは週に一回の頻度で行われることが多く、その場合、曜日や時間を固定して行われることがほとんどです。毎週月曜日の10時から、毎週土曜日の17時から・・・といったように。もちろんクライエント様のご希望、金銭的・時間的理由、面接室の混み状況によってそのようにならない場合もあります。しかし私は可能であればこのようなやり方をお勧めし、調整をします。
 
今、このコラムをお読みになっているあなたは「週に一回もカウンセリングに行くなんて大変だ・・・」とお思いになるでしょうか。それは確かにそうかもしれません。当オフィスのカウンセリング料は五千円ですから一カ月で二万円です。時間にしても、仕事や学校、育児の合間を縫って往復合わせて二、三時間を費やすことになるでしょう。それだけのご負担がありながらも通われるのは、人生のこの時期に本当に変わりたいという切実な思いがあるからだと、私も真剣に受け止めています。

 さて、週一回をお勧めするのはそれ以下の頻度に比べて格段に効果があるからですが、それはなぜなのか。さまざまな説明がありえますが、ここではその一端に触れてみたいと思います。毎週同じ時間に、個室で、50分間、いつもの先生とふたりで・・・というのは、ある種の経験をした人にはなじみ深いものがあるでしょう。それはピアノ、英会話、ジムのパーソナルトレーニングといった個人レッスンです。
 
子どもの頃、私もピアノを習っていました。土曜日の午後、学校が終わってからピアノ教室へ行くのが毎週のお決まりでした。先生はちょっと変わった雰囲気の女性で、穏やかでしたが厳しい時は厳しい人だったので、私はしばしば「あんまり練習してないから行きたくないなぁ・・・」「さぼってお友達と遊びたいなぁ・・・」と思ったものでした。カウンセリングでも同じように「今日もちゃんと話せないかもしれない・・・」「先生に分かってもらえないかもしれない・・・」といった不安な気持ちになるものです。カウンセリングでは自分のことを深く考えるので心地よいばかりではありません。そういった、ただ楽しいだけではないということ、一方的に心地よいことをしてもらうのではなく、不安な気持ちも抱えながら自発的に取り組んで何か大切なものを得るという側面も、カウンセリングと習いごとの共通点と言えるでしょう。

 ところで、カウンセリングの起源は何でしょうか。異論はあるかと思いますが、私としてはフロイトが始めた精神分析だと思っています。精神分析は週に四回以上、カウチに横になって頭に浮かんだことを何でも話してもらうという方法を取ります。そして精神分析が日本に伝わる時に、どういうわけか、週四回という設定が週一回に変更されたそうなのです。当時の人が「やっぱり週四回は大変だ・・・」と思ったのかもしれません。それで今では週一回の精神分析的心理療法が医療機関やカウンセリングルームで行われています。ある先生は精神分析を患者に説明する時に「習い事という側面と治療という側面をもっています」と言うこともあるそうです(飛谷,2016)。
 
つまり、元々は週四回行われていたものが週一回になったのです。週一回になったのであって、隔週や不定期になったのではないというところに意味があるようです。一週間というのは一つの区切り、リズムであり、リズミカルに会うことが一つの音楽を形作るのだと言われています。また、華道や茶道などの稽古事が身近だった日本では、週一回という頻度に親しみやすかったという説もあります。

 ピアノの話に戻ると、残念ながらあまり才能がなかった私はそれほど上達しませんでしたが、レッスンをやめて大人になってからも楽譜は読めますし、弾きたいと思った曲を弾けたり、ピアノ以外の楽器にも挑戦しやすくなりました。なにより音楽を聴いて「いいな」「好きだな」という気持ちを感じられるのは、一定期間、ある程度の濃さでピアノに触れていたからのような気がします。

 初めてピアノを習う人が月に一回しかレッスンに行かなかったら、どうでしょう。きっと次のレッスンまで先生に言われたことや何に取り組めばよいかを覚えておくのは難しいでしょう。簡単な曲を弾けるようになることさえ難しいかもしれません。気が乗らないからといってやめてしまったりちゃんと毎週通うことをしなくなってしまっていたら、私はピアノを弾けるようにはなれなかったでしょうし、音楽を楽しむ喜びも今よりもっと深みのないものになっていたでしょう。
 カウンセリングも同じような側面があると思うのです。カウンセリングを受ける前は自分のこころのことがよく分からない、こころの譜面が読めていないのだと思います。譜面の読み方を学ぶのも時間がかかりますし、読めたとしても良い音を奏でられるようになるのも時間が
かかります。週に一回という頻度は、
他でもないその人のこころのメロディ
ーを奏でるとき背景で静かに刻まれる
リズムなのだと言えます。そうして身
につけたこころの譜面の読みかたやメ
ロディーの奏で方はいずれカウンセリングに通わなくなってもなっても忘れません。一度ピアノを習った人が弾きたいと思えばいつでも好きな曲を弾いて音楽を楽しむことができるのと同じように。

ヴィルヘルム・ハンマースホイ/
ピアノを弾く妻イーダのいる室内(
1910

 

【引用・参考文献】
飛谷渉(
2016):精神分析たとえ話 タヴィストック・メモワール 誠信書房
高野晶(編)(
2017
):週一回サイコセラピー序説 精神分析からの贈り物 北山修監修 創元社

 

 
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